はじめに
日本では少子高齢化が進み、総務省統計局の公表によれば、65歳以上の人口は全体のおよそ3割を占めています。単身高齢者世帯も増加傾向にあり、「自分の死後をどう備えるか」は多くの方にとって現実的な課題となっています。
こうした背景から、「相続」や「遺言」への関心が高まっています。裁判所の統計(司法統計)によると、遺産分割事件のうちおおむね3割前後が相続財産1,000万円以下のケースとされており、財産の規模にかかわらず紛争が生じる可能性があることがうかがえます。相続は、誰にとっても無関係とはいえないテーマです。
遺言は、自身の意思を明確に示し、相続人間の対立を防ぐ有効な手段です。しかし、遺言を作成するだけで十分とは限らず、その内容を確実に実現するための手続きが重要になります。
本記事では、遺言の内容を実現するための仕組みである「遺言執行」について、わかりやすく解説します。これから遺言を検討している方や、相続対策を具体的に進めたい方の参考になれば幸いです。
「遺言執行」とは
遺言執行とは、遺言に記載された内容を、法律に基づいて具体的な手続きとして実現することをいいます。被相続人が遺言で示した意思を、実務上の手続きとして形にしていくプロセスです。
遺言は財産の分配などに関する意思表示ですが、その内容を適切に実行するためには、遺言執行者が関与する場合があります。とくに法律上、執行者が必要とされるケースもあるため注意が必要です。
以下では、遺言執行者になれる人や必要となる場面、そして具体的な役割について整理して解説します。
誰が遺言執行者になる?
遺言執行者は、遺言によって自由に指定することが可能です。相続人の中から選ぶこともできますし、親族以外の第三者を指定することもできます。専門的な知識や公平性を重視する場合には、司法書士、弁護士などの専門家を遺言執行者に選ぶケースも増えています。もし遺言で指定されていない場合や、指定された遺言執行者が辞退した場合には、家庭裁判所に申し立てを行い、裁判所が遺言執行者を選任します。
逆に、遺言執行者になれない、あるいはふさわしくない例もあります。例えば、未成年者や成年被後見人など法律上行為能力が制限されている人は執行者になれません。また、相続人の中でも利害関係が強すぎて中立性を欠く人や、健康上の理由から継続的に職務を果たすことが困難な人も、適任とはいえないでしょう。
遺言執行者が必要なケースと必要ないケースとは?
遺言の内容によっては、法律上、遺言執行者が必要となる場合があります。代表例が、遺言による非嫡出子の認知や、相続人の廃除(および廃除の取消し)です。
遺言による認知では、遺言書に認知の意思を記載するだけでは足りず、遺言執行者が市区町村へ届出を行うことで初めて法的に親子関係が確定します。そのため、遺言執行者の存在が不可欠です。
また、相続人の廃除も、遺言に意思を示すだけでは効力は生じません。遺言執行者が家庭裁判所へ申立てを行い、審判が確定してはじめて効力が生じます。廃除の取消しについても同様です。
一方、財産の分配方法を指定するだけの遺言であれば、相続人全員が協力すれば遺言執行者がいなくても手続きを進めることは可能です。ただし、利害対立が想定される場合には、あらかじめ遺言執行者を指定しておくことで、手続きを円滑に進めやすくなります。
遺言執行者は何をする?
遺言執行者の役割は、「非嫡出子の認知」や「相続人の廃除」といった特別な手続きに限らず、遺言の内容を実現するために必要な手続きを担うことにあります。遺言執行者は、執行に必要な行為について包括的な権限を有し、その範囲内では相続人の同意がなくても手続きを進めることができます。相続人はこれらの行為を妨げることができないとされています(民法1013条)。
相続開始後は、まず相続人と相続財産の調査を行い、相続関係と財産の内容を確定します。そのうえで、不動産の所有権移転登記や売却、預貯金の払戻し、有価証券の名義変更など、遺言に沿った分配手続きを進めます。債務の弁済が定められている場合には、財産の換価を含めた支払いも行います。
また、不動産の明渡し対応や、法定相続人以外への遺贈がある場合の財産引渡しも重要な職務です。
なお、行政書士は、相続人調査や相続関係説明図の作成、金融機関提出書類の作成支援など、遺言執行に関連する実務面をサポートする専門家です。手続きが複雑な場合には、専門家の関与によって円滑に進められることがあります。
「遺言執行」について知っておきたい知識
ここでは、遺言執行者が指定されていない場合や不在の場合の対応、解任や辞任の可否、さらに報酬に関する基本的な考え方について解説します。
遺言執行者が指定されていない場合はどうする?
遺言で遺言執行者が指定されていない場合には、相続人全員が共同で手続きを進めることが原則となります。しかし、遺言の内容によっては相続人間で意見が一致せず、手続きが滞ることも少なくありません。
そのため、必要に応じて相続人などの利害関係人が家庭裁判所に申し立てを行い、遺言執行者の選任を求めることができます。特に、認知や廃除といった遺言執行者が不可欠なケースにもかかわらず執行者が指定されていない場合には、裁判所による選任が必須となります。
遺言執行者が死亡・行方不明などでいない場合はどうする?
遺言で指定された執行者がすでに死亡していたり、行方不明になっていたりすることもあります。このような場合には、利害関係人が家庭裁判所に申し立てを行い、新たな遺言執行者の選任を求めます。遺言に複数の執行者が指定されているときは、残っている者がそのまま職務を行いますが、全員が不在になった場合は新たな選任が必要となります。
また、このような不測の事態に備えて、遺言書の中で「遺言執行者を決定する人」を指名しておく方法もあります。その指名された人が遺言執行者を選任することで、家庭裁判所に申し立てを行わなくてもスムーズに新しい遺言執行者を決めることができます。
遺言執行者を解任・辞任することはできる?
遺言執行者が職務を怠ったり、相続人に不利益を及ぼすおそれがある場合には、利害関係人(相続人など)が家庭裁判所に申し立てを行い、裁判所が相当と判断すれば解任されることがあります。
また、遺言執行者に指名された人は、就任を承諾する前であれば辞退できますが、承諾後に辞任するには正当な理由が必要とされています。この場合も家庭裁判所の許可が必要となります。正当な理由としては、健康上の事情ややむを得ない転居などが考えられます。
さらに、2019年の民法改正により、遺言執行者には復任権(第三者に事務を委任できる権限)が認められました。専門的な手続きが必要な場合には、行政書士や司法書士、弁護士などの専門家に委任することも可能です。
遺言執行者は報酬を受け取ることができる?
遺言執行者は、遺言に報酬に関する定めがある場合には、その金額を受け取ることができます。定めがない場合でも、相続人全員と遺言執行者が合意して報酬額を決定することも考えられます。遺言書に記載がなく、さらに相続人との間で合意が成立しなかった場合には、家庭裁判所に申し立てを行い、家庭裁判所に報酬額を決定してもらうことも可能です。なお、実際の現場では、相続人の中から執行者を選んだ場合は無報酬で行うケースも多いです。
相続発生から相続完了までの流れ
相続手続きは、遺言の有無や遺言執行者の指定状況によって大きく流れが異なります。ここでは被相続人の死亡を起点として、3つのパターンごとに時系列で説明します。
① 遺言書があって、遺言執行者が指定されているケース
被相続人が亡くなると、まず遺言書の存在を確認します。自筆証書遺言や秘密証書遺言が見つかった場合は、家庭裁判所に提出して「検認」を受けます(公正証書遺言の場合は不要)。その後、遺言執行者が就任し、相続人や財産の調査を行って相続関係一覧図や相続財産目録を作成します。
続いて、遺言の内容に従い、不動産の登記移転、預貯金の解約・払い戻し、有価証券の名義変更、債務の清算などを順に進めます。最終的に、各相続人への財産の引渡しを完了し、相続手続きが終了します。遺言執行者が権限をもって手続きを進めることができるため、相続人の合意をその都度取り付ける必要がなく、スムーズに完了できるのが特徴です。
② 遺言書があって、遺言執行者が指定されていないケース
被相続人が亡くなった後、まず遺言書の有無を確認し、検認手続きを経て内容を確定します。その後、相続人全員が協力して遺言の内容を実現していくことになります。
遺言に「認知」や「相続人の廃除」といった、遺言執行者が不可欠な内容が含まれている場合には、利害関係人が家庭裁判所に申し立て、遺言執行者を選任してもらう必要があります。また、遺贈を行う場合や相続人間の調整が難しい場合にも、家庭裁判所に遺言執行者を選任してもらうことで、手続きを円滑に進められるケースがあります。
遺言執行者を選任しない場合には、相続人同士で不動産の登記移転や預貯金の解約などを共同で進めていくのが一般的です。最終的に、遺言で定められた配分が実現すれば相続手続きが完了します。ただし、相続人の意見が一致しないと、手続きが停滞するリスクがあります。
③ 遺言書がないケース
被相続人が亡くなった後、まずは相続人間で連絡・手続きの窓口となる担当者を決め、法定相続人の調査・確定を行います。続いて、相続財産を把握し、相続人全員で遺産分割協議を行います。協議が整えば遺産分割協議書を作成し、それに基づいて不動産の名義変更、預貯金の解約・払戻し、負債の承継などを順に進めていきます。
相続人全員の合意が得られない場合には、家庭裁判所に遺産分割調停や審判を申し立て、裁判所の関与のもとで解決を図ります。すべての手続きが終わった時点で、相続は完了します。遺言がないケースでは特に相続人同士の対立が起こりやすいため、協議がまとまらない場合には弁護士の介入も視野に入れましょう。
「遺言執行」にかかる費用
遺言執行に関する費用は、大きく分けて「法定費用」と「専門家に依頼する際の費用」に分類されます。ここでは、それぞれの概要について解説します。
法定費用など
遺言執行そのものに高額な法定費用がかかるわけではありませんが、手続きの中で必要となる公的な費用があります。
代表的なものとして、遺言書の検認にかかる手数料や、相続人・相続財産の調査、不動産の相続のために以下のような費用がかかります。財産の規模や相続人の数などによっても変わりますが、これらを合計すると数千~数万円程度の実費負担が生じるのが一般的です。
- 家庭裁判所の検認手続費用(自筆証書遺言・秘密証書遺言の場合)
申立手数料(収入印紙代):800円
郵便切手代:数百~数千円(管轄の裁判所により異なる) - 不動産登記事項証明書の取得費用:600円/1通
- 戸籍謄本(除籍謄本・改製原戸籍)の取得費用:450円/1通
- 住民票・印鑑証明書の取得費用:300円程度/1通(自治体により異なる)
- 金融機関の残高証明書の取得費用:数百~数千円/1通(金融機関により異なる)
- 不動産の名義変更に伴う登録免許税:固定資産評価額の0.4%(相続による所有権移転登記の場合)
遺言執行を専門家に依頼する場合の費用
遺言執行者を弁護士や司法書士などの専門職に依頼する場合には、別途報酬が必要です。報酬額は法律で一律に定められているわけではなく、財産の規模や業務の難易度などによって異なります。
一般的には、基本料金に相続財産の総額に対して一定割合(例えば0.2~3%程度)を加算する報酬体系や、数十万円から始まる定額方式が採用されることが多いです。ただし、不動産の数が多い、金融資産が多岐にわたる、相続人間の調整が必要といった場合には追加費用が発生するケースもあります。依頼前に見積もりを取り、業務範囲や報酬額、実費の取り扱いについて明確にしておくことが重要です。
まとめ
遺言執行は、遺言者の意思を確実に実現するための重要な制度です。遺言書を残すこと自体は誰でもできますが、実際にその内容を具体的な手続きに落とし込むには、遺言執行者の存在が不可欠な場合があります。とくに非嫡出子の認知や相続人の廃除など、法律上必ず遺言執行者が必要なケースでは、遺言書作成の段階から執行者を指定しておくことが望ましいでしょう。
本記事で紹介した情報が、自分や家族にとって最適な準備を考えるきっかけになれば幸いです。必要に応じて行政書士などの専門家に相談し、事前に疑問点や不安を解消しておくことも有効です。
関連コラムはこちら↓
遺産分割協議書とは?行政書士がサポートする作成手順と注意点相続人調査は行政書士におまかせ!相続トラブルを防ぐポイントや必要書類を詳しく解説相続手続きで困ったら行政書士に相談!手続きの流れとサポート内容を詳しく紹介

特定行政書士として、幅広い業界における法務支援やビジネスサポートに従事するとともに、業務指導者としても精力的に活動。企業法務や許認可手続きに関する専門知識を有し、ビジネスの実務面での支援を中心に展開しています。(登録番号:03312913)