目次
はじめに
近年、「遺言書を作成したい」と考える方が増えています。背景として、高齢化の進展だけでなく、家族構成やライフスタイルの多様化が考えられます。例えば、「子どもがいない夫婦」「再婚家庭」「相続人以外へ財産を残したいケース」など、相続の形は以前よりも複雑になっており、遺言書によって自分の意思を明確に残しておきたいと考える方が増えているのです。
遺言書がない場合には、民法で定められた法定相続のルールを前提に遺産分割を行うことになりますが、相続人全員で行う遺産分割協議では、意見がまとまらずトラブルに発展することも少なくありません。特に、不動産の分け方や、特定の相続人への生前贈与(特別受益)、介護への貢献(寄与分)などが問題になるケースでは、協議が長期化することもあります。
そのため、相続トラブルを予防し、自分の意思を明確に実現する手段として、遺言書の重要性が高まっているのです。
一方で、遺言書を書いたとしても「見つけてもらえないのではないか」「改ざんされたり、勝手に処分されたりしないか」と不安を感じる方も少なくありません。実際、自宅で保管していた自筆証書遺言について、相続開始後に発見されなかったり、一部の相続人によって隠されてしまったりするリスクは、以前から問題視されていました。
こうした問題を背景として、2020年7月からスタートしたのが、「自筆証書遺言の法務局保管制度」です。
そこで本記事では、自筆証書遺言の法務局保管制度について、制度の概要から利用方法、注意点、費用などについて解説していきます。これから遺言書を作成しようと考えている方は、ぜひ参考にしてみてください。
自筆証書遺言の法務局保管制度とは
自筆証書遺言の法務局保管制度とは、自筆証書遺言を法務局で安全に保管してもらうことができる制度です。正式には「自筆証書遺言書保管制度」といい、2020年7月10日からスタートしました。
従来、自筆証書遺言は自宅や貸金庫などで保管されることが一般的でした。しかし、その場合、相続開始後に遺言書が見つからなかったり、一部の相続人によって隠されたり、書き換えられてしまったりするリスクがあることが問題視されていました。
また、自筆証書遺言は書き方のルールが法律で決められているにもかかわらず、公的機関によるチェックが働かないため、「形式不備によって無効になる」「保管方法をめぐってトラブルになる」といったケースも少なくありませんでした。
こうした問題を背景として創設されたのが、法務局保管制度です。この制度を利用すると、遺言者本人が法務局へ遺言書を提出し、原本を画像データとともに保管してもらうことができます。
そして、法務局保管制度の大きなメリットの一つが、相続開始時に家庭裁判所での「検認」が不要になる点です。
そもそも検認とは、自宅などで保管されていた自筆証書遺言や秘密証書遺言について、改ざんの防止のために、家庭裁判所で遺言書の発見時の状態を記録するための手続きです。封がされている遺言書については、家庭裁判所で裁判官や相続人等の立会いのもと開封する必要があり、勝手に開封してしまうと過料の対象となる可能性があります。
検認を申し立てるためには、被相続人の出生から死亡までの戸籍を収集し、相続人全員を調査したうえで家庭裁判所へ申立てを行う必要があります。さらに、家庭裁判所から各相続人へ通知が送られ、実際に検認期日が開かれるまで1~2か月程度の時間がかかることもあります。つまり、検認は、相続人にとってかなりの手間と時間がかかる手続きといえます。
これに対し、法務局保管制度を利用した自筆証書遺言については、原本が法務局で保管されていることから、改ざんされる恐れがほとんどないため、相続開始後に検認を受ける必要がありません。そのため、相続人側の負担を軽減できる点は大きなメリットです。
加えて、法務局保管制度には「通知制度」が設けられている点も大きな特徴です。具体的には、遺言者があらかじめ「指定者通知」の対象者を設定しておくことで、自分が死亡した際に、指定した人へ「法務局に遺言書が保管されている」という通知を送ってもらうことができます。これにより、遺言書の存在自体が誰にも気づかれず埋もれてしまうリスクを減らすことができます。
また、相続開始後に相続人の一人などが法務局で「遺言書情報証明書」の交付請求や遺言書の閲覧請求を行った場合には、他の相続人等へ「関係遺言書保管通知」が送られます。これにより、一部の相続人だけが遺言書の存在を把握して手続きを進めてしまうことを防ぎやすくなっています。
このように、自筆証書遺言の法務局保管制度は、自筆証書遺言の弱点であった「紛失」「改ざん」「隠匿」「検認の負担」といった問題を大きく改善した制度といえます。
法務局保管制度の利用方法
法務局保管制度を利用するためには、遺言書を作成したうえで、遺言者本人が法務局へ出向いて手続きを行う必要があります。ここでは、利用開始時の流れと、相続開始後の手続きについて確認していきましょう。
利用開始時の手続き
法務局保管制度を利用する場合、まずは法務局で保管できる形式に沿って自筆証書遺言を作成します。作成した遺言書は、遺言者本人が法務局(遺言書保管所)へ持参して申請を行います。
申請先となる法務局は、全国どこの法務局でもよいわけではなく、次のいずれかを管轄する遺言書保管所となります。
- 遺言者の住所地を管轄する法務局
- 遺言者の本籍地を管轄する法務局
- 遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する法務局
また、申請にあたっては、事前予約が必要です。予約は、電話のほか、インターネット上の法務省の予約システムから行うことができます。
なお、当日必要となる主な書類・持参物は、一般的に以下のとおりです。
- 作成済みの自筆証書遺言
- 遺言書保管申請書(法務省のホームページからダウンロード可)
- 本籍地の記載がある住民票の写し(発行後3か月以内)
- 本人確認書類(マイナンバーカード、運転免許証など)
- 手数料分の収入印紙
なお、法務局では遺言内容そのものの有効性までは確認されませんが、形式面について一定のチェックが行われます。例えば、用紙サイズや余白、ページ番号の有無など、法務局保管制度独自のルールに適合しているかが確認されます。
手続き当日は、遺言者本人が法務局職員の面前で遺言書を提出し、本人確認などを経て保管申請が行われます。代理人による申請は原則として認められていないため、本人が出向く必要がある点には注意が必要です。
相続開始後の手続き
遺言者が亡くなった後、相続人や受遺者、遺言執行者などは、法務局に対して「遺言書情報証明書」の交付請求や、遺言書の閲覧請求を行うことができます。
遺言書情報証明書とは、法務局に保管されている遺言書の内容を証明する書類であり、相続手続きで利用される重要な資料です。銀行口座の解約の際に金融機関で提示したり、相続登記の際に法務局で提示を求められることもあります。
請求先となる法務局は、全国どこの遺言書保管所でも可能です。例えば、遠方に住んでいる相続人であっても、最寄りの法務局で手続きを行うことができます。
遺言書情報証明書の請求時には、一般的に以下のような書類が必要になります。なお、必要書類は被相続人と相続人の関係等によっても異なりますので、詳細は法務省のホームページで確認されることをおすすめします。
- 請求書
- 請求者本人の本人確認書類
- 被相続人の死亡の記載がある戸籍謄本
- 請求者が相続人等であることを証明する戸籍謄本等
- 手数料分の収入印紙
法務局保管制度を利用する際の注意点
法務局保管制度は、自筆証書遺言の弱点を補う便利な制度ですが、利用するにあたってはいくつか注意点もあります。ここでは、制度を利用する前に知っておきたい3つのポイントについて解説します。
法務局保管制度を利用する場合の遺言書の作成方法
法務局保管制度を利用する場合、自筆証書遺言は通常の遺言書よりも形式面に注意して作成する必要があります。
まず、提出する遺言書は、窓口で職員のチェックを受けるため、無封の状態で持参しなければなりません。
また、遺言書が画像データとしても保存される関係で、用紙サイズにも指定があり、A4サイズで作成しなければなりません。余白についても一定のルールがあり、上部5mm、下部10mm、左20mm、右5mm以上の余白を確保する必要があります。その他にも、詳しいルールが法務省のホームページで公開されていますので、作成前に確認しておくことをおすすめします。
本文については、財産目録を除き、全て自筆で記載しなければなりません。財産目録については、パソコン作成や不動産の登記事項証明書、預貯金通帳のコピーなどを添付する方法も認められています。ただし、財産目録を自書しない場合は、各ページに署名押印が必要となるため注意しましょう。
また、不動産の所在地や預金口座などは、できるだけ正確に記載することが重要です。例えば、不動産については、住居表示ではなく登記事項証明書上の地番・家屋番号を確認して記載する必要があります。
なお、法務局では用紙のサイズや余白、署名押印の有無などの形式面について一定の確認は行われますが、「内容が法的に有効か」「相続トラブルになりにくい内容か」までは確認されません。そのため、内容面について不安がある場合には、行政書士などの専門家へ相談しながら作成することも検討するとよいでしょう。
預けた遺言書を修正したい場合
一度法務局へ預けた遺言書について、「内容を修正したい」「財産内容が変わったため書き直したい」と考えることもあります。
しかしながら、法務局に保管された遺言書は、その場で一部だけを書き換えることはできません。修正したい場合には、現在保管されている遺言書を撤回したうえで、新たに遺言書を作成し、改めて保管申請を行う必要があります。
撤回手続きについても、原則として遺言者本人が法務局へ出向いて行います。そのため、高齢になってからの手続き負担なども考慮し、遺言内容はできるだけ修正の必要がないように整理しておくことが重要です。
また、相続人の増減、不動産の売却、預貯金口座の変更などがあった場合には、遺言内容と実際の財産状況にズレが生じることがあります。このようなケースでは、相続開始後のトラブルを防ぐために、必要に応じて撤回・再提出することも検討しましょう。
公正証書遺言の方が適しているケース
法務局保管制度は便利な制度ですが、すべてのケースで最適とは限りません。場合によっては、公正証書遺言の方が適しているケースもあります。
具体例としては、相続人同士の関係が悪いケースが挙げられます。自筆証書遺言は、内容の解釈や記載方法をめぐって争いになることがありますが、公正証書遺言であれば、公証人が関与して作成するため、内容の不備による無効リスクを抑えやすくなります。
また、財産内容が複雑なケースでも、公正証書遺言が適していることがあります。複数の不動産、非上場株式、事業承継を含むケースなどでは、専門的な整理が必要となるためです。
さらに、高齢や病気などにより自筆での作成が難しい場合も、公正証書遺言が有力な選択肢となります。公正証書遺言であれば、公証人へ内容を口頭で伝え、公証人が文章化してくれるため、自筆能力に不安がある方でも利用しやすい特徴があります。
加えて、法務局保管制度では遺言内容そのものの法的有効性までは確認されませんが、公正証書遺言では、公証人が内容を確認しながら作成するため、実務上の安全性・確実性は高いといえるでしょう。どの方式を選ぶべきか迷う場合には、行政書士などの専門家へ相談しながら検討することをおすすめします。
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法務局保管制度の利用にかかる費用
自筆証書遺言の法務局保管制度は、公正証書遺言と比べると比較的利用しやすい費用水準となっています。ただし、実際には法務局への手数料だけでなく、遺言書作成のための証明書類取得費用や、専門家へ依頼する場合の報酬なども発生することがあります。
まず、法務局保管制度を利用する際の保管申請手数料は、遺言書1通につき3,900円です。これは法務局へ納付する法定費用であり、収入印紙によって納付します。
また、遺言書を正確に作成するためには、各種証明書類を取得するケースがあります。例えば、不動産を遺言の対象とする場合には、登記事項証明書を確認し、地番や家屋番号を正確に記載することが重要です。
主な証明書類の取得費用の目安は、以下のとおりです。特に、相続人調査を行う場合には、出生から現在まで連続した戸籍収集が必要となることもあり、取得通数によっては一定の費用がかかるケースもあります。
- 戸籍謄本(全部事項証明書):450円/1通
- 除籍謄本・改製原戸籍:750円/1通
- 住民票の写し:300円程度/1通(自治体により異なる)
- 不動産の登記事項証明書:600円/1通
さらに、内容面に不安がある場合には、行政書士へ相談・依頼するケースもあります。行政書士は、遺言書作成に関する書類作成や相続関係の整理を行うことができる専門家であり、以下のような業務を行うことがあります。
- 法定相続人調査(戸籍収集含む)
- 相続財産の整理
- 遺言書草案の作成
- 法務局保管制度利用に関するサポート
費用の目安としては、一般的に以下のような水準となります。ただし、財産内容が複雑な場合や、相続人同士の関係に配慮が必要なケースでは、追加費用が発生することもあります。
- 相続人調査(戸籍収集含む):2〜5万円程度
- 遺言書草案作成:3〜10万円程度
- 財産調査を含む総合サポート:5〜15万円程度
- 法務局保管制度利用サポート込み:8〜20万円程度
法務局保管制度は、比較的低コストで利用しやすい制度ではありますが、「内容面の有効性までは確認されない」という特徴があります。そのため、内容面に不安がある場合には、行政書士などの専門家へ相談しながら進めると安心でしょう。
まとめ
自筆証書遺言の法務局保管制度は、「遺言書を安全に残したい」「相続開始後の手続きをスムーズにしたい」と考える方にとって、非常に便利な制度です。費用面についても、公正証書遺言と比べると比較的利用しやすく、自筆証書遺言を作成する際には有力な選択肢となっています。
ただし、法務局は遺言内容そのものの有効性や、相続トラブルのリスクまで確認してくれるわけではありません。例えば、財産の記載漏れや、相続人間で解釈が分かれる表現があると、後にトラブルへ発展する可能性もあります。
また、家族関係が複雑なケースや、事業承継・複数不動産を含むケースなどでは、公正証書遺言の方が適している場合もあります。そのため、「法務局へ預けるかどうか」だけでなく、「どの遺言方式が自分に合っているか」という視点で検討することが重要です。必要に応じて行政書士などの専門家へ相談し、ご自身に合った形で遺言書を準備していくとよいでしょう。
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特定行政書士として、幅広い業界における法務支援やビジネスサポートに従事するとともに、業務指導者としても精力的に活動。企業法務や許認可手続きに関する専門知識を有し、ビジネスの実務面での支援を中心に展開しています。(登録番号:03312913)