はじめに
近年、日本では高齢化の進展とともに「終活」への関心が高まっています。総務省統計局のデータによれば、65歳以上の人口は全体の約3割を占めており、今後も単身高齢世帯の増加が見込まれています。内閣府の調査でも「自分が亡くなった後の手続きや家族への負担が心配」と回答する高齢者は6割以上に上るなど、終活は身近で重要なテーマとなっています。
終活とは、人生の最期に向けて準備を行う取り組み全般を指し、遺言書の作成や葬儀の希望を記すエンディングノート、財産や契約の整理、生前の医療・介護に関する意思表示など多岐にわたります。これらを前もって準備しておくことにより、遺された家族の精神的・経済的負担を軽減できる点が大きなメリットです。実際に、厚生労働省の調査では、遺族の約4割が「葬儀や死後の事務手続きで大きな負担を感じた」と回答しており、事前の備えの重要性が数字にも表れています。
本記事では、こうした終活の流れの中で注目される「死後事務」に焦点を当て、その具体的な内容や準備の方法について解説していきます。まずは終活全体の必要性を理解した上で、どのような仕組みや制度を活用できるのかを順を追って確認していきましょう。
死後事務委任契約とは
ここでは、死後事務委任契約について理解を深めるために、基本的な情報を解説していきます。
どのような人が利用する?
死後事務委任契約は、特に単身で暮らしている高齢者や、子どもがいない夫婦、遠方に家族がいる方などに多く利用されています。また、身近に頼れる親族がいない方や、特定の信頼できる人に死後の対応をお願いしたいという方からも注目されています。
近年は核家族化や高齢化が進み、「自分が亡くなった後に誰が手続きをしてくれるのか」という不安を抱える方が増えており、死後事務委任契約を検討する人が年々増加しているのが現状です。
いつ・誰に委任する?
契約を結ぶ適切な時期に法的な制限はありませんが、一般的には判断能力がしっかりしているうちに行うことが望ましいとされています。高齢期を迎える前や健康なうちに準備しておくと、いざという時にも安心です。
死後事務を委任する相手(=受任者)として選べるのは家族や親族に限らず、信頼できる友人や知人、さらには行政書士や司法書士などの専門職も含まれます。さらに、地域によっては社会福祉協議会が受任者となるケースもあり、身寄りの少ない方が安心して契約を結べる仕組みが整えられています。また、近年は死後事務の代行を扱う民間企業も増えており、ニーズに合わせた柔軟なサービスを提供しています。
特に近年は、身寄りが少ない方や親族に迷惑をかけたくない方が、専門家や団体・企業を受任者に選ぶケースも増えています。重要なのは、自分の意思を尊重してくれて、責任感を持って事務を遂行してくれる人物や団体を選任することです。
どうやって契約する?
死後事務委任契約は、公正証書の形式で作成するのが最も確実な方法です。公証役場で契約を公正証書として残すことで、受任者が正当に業務を遂行できる証拠となります。
契約書には、依頼する業務の範囲(葬儀の手配、住居の片付け、行政手続きなど)を具体的に記載し、委任内容を明確にしておくことが重要です。曖昧な契約内容では後々トラブルにつながる可能性があるため、専門家のサポートを受けながら作成するのが一般的です。
費用はどれくらい?
民間企業や専門家が提供する死後事務代行サービスの費用は、プランやサービス範囲によって大きく異なります。一般的には、基本料金として20〜50万円程度が相場とされ、これに葬儀手配や納骨、遺品整理、公共料金の解約などのオプションを追加すると、総額で100万円を超えるケースもあります。また、ペットの引き取りや専門的な遺品整理といった特殊なサービスを加えると、さらに費用がかかることがあります。
一方で、社会福祉協議会などの公的団体が行うサービスは、比較的安価に設定されている場合が多く、地域によっては数万〜十数万円程度で利用できることもあります。こうした団体のサービスは対象者に条件がある場合もあるため、事前の確認が必要です。
重要なのは、費用だけで判断するのではなく、自分が必要とするサービス内容と委任先の信頼性を総合的に検討することです。民間企業や専門家へ依頼する際は、見積もりを複数比較し、契約前にサービス内容を明確に確認しておくと良いでしょう。
死後事務とは
死後事務とは、「相続」とは異なり、本人の死後に行う行政手続きや各種契約の解除などが中心となります。ここでは代表的な死後事務の内容を解説します。
葬儀・火葬の手配
亡くなった直後に必要となるのが葬儀や火葬の準備です。斎場や葬儀社との打ち合わせ、日程調整など、短期間で多くの段取りを行う必要があります。事前に希望を伝えておけば、本人の意思に沿った葬儀を執り行うことができます。
お墓や納骨の手配
火葬後にはお墓や納骨の手配が必要です。既存の墓地や納骨堂への埋葬だけでなく、新たに墓地を購入する場合や永代供養を利用する場合もあります。近年では、樹木葬や散骨などのお墓を立てない方法も新たな選択肢として注目されています。火葬後の対応については数多くの選択肢が考えられるため、委任内容を明確にしておくことが重要です。
死後の関係者への連絡
親族や友人、勤務先など関係者への連絡も死後事務の一環です。特に、葬儀に来てもらいたい方には迅速な連絡が求められます。あらかじめ葬儀に呼びたい人や訃報を知らせてほしい人の名前と連絡先をリスト化しておくと良いでしょう。
死後の行政手続き
死亡届の提出に加え、年金・健康保険・介護保険などの行政手続きも必要です。
年金については、年金事務所を通じて受給停止の手続きを行います。健康保険は、国民健康保険の場合、市区町村役場で資格喪失届を提出し、勤務先の健康保険組合の場合は、勤務先や加入団体へ連絡して手続きをします。介護保険については、市区町村に介護保険資格の喪失届を提出し、保険証の返還を行います。さらに、世帯主変更や住民票関連の処理も必要であり、世帯主が亡くなった場合は速やかに新しい世帯主を届け出る必要があります。
これらはいずれも期限が定められているものが多く、迅速に手続きを進めることが不可欠です。
医療・介護費用等の精算
入院費や介護サービス費用など、死亡時点で未払いとなっている費用の精算も行います。医療機関や介護施設との調整、保険の適用確認など、場合によっては手続きが煩雑になることもあります。
自宅の引き払い・遺品整理
賃貸住宅に住んでいた場合には契約解除や部屋の明け渡しが必要です。また、所有物件であっても家財道具や遺品の整理を進めなければなりません。近年では、遺品整理専門の業者を利用される方も増加しています。
公共料金等の解約
電気・ガス・水道・固定電話・携帯電話・インターネット・NHK受信料などの解約も必要になります。これらは放置すると請求が継続してしまうため、死亡後速やかに手続きを行うことが求められます。
サブスクリプションサービスの解約
近年では、音楽配信や動画配信、クラウドサービスなどのサブスクリプション契約を利用する方が増えています。これらも継続的に料金が発生するため、解約手続きを確実に行うことが必要です。受任者が手続きを行いやすいよう、どのサービスを利用しているのかがわかるようなリストを作成しておくのがおすすめです。
ペットの行き先の手配
ペットを飼っていた場合、死後の行き先をどうするかは重要な問題です。家族や友人に託す方法のほか、里親制度や専門施設を利用する方法もあります。あらかじめ意思を明確にし、信頼できる受け入れ先を確保しておくことが大切です。
死後事務委任に付随するサービス
死後事務委任契約は単独で結ぶことも可能ですが、本人の生活状況や将来の不安に応じて、関連する契約を組み合わせて利用することもできます。ここでは、代表的な「見守り契約」と「任意後見契約」について解説します。
見守り契約
見守り契約とは、高齢者や一人暮らしの方が安心して生活を続けられるように、定期的に連絡や訪問を行う契約です。例えば、行政書士や民間事業者、社会福祉協議会などが契約相手となり、日常の安否確認や健康状態の把握、必要な支援につなげる役割を担います。ただし、契約内容や料金は事業者によって異なるため、契約前に内容をよく確認する必要があります。
見守り契約を利用することで、急な体調変化や緊急時にも早期対応が可能となり、孤独死のリスクを軽減する効果が期待できます。また、この契約を通じて築いた信頼関係が、死後事務委任契約や後見契約を結ぶ際の基盤となることも多いです。
任意後見契約
任意後見契約とは、将来、判断能力が低下したときに備えて、あらかじめ信頼できる人に財産管理や生活支援を委任しておく契約です。任意後見契約は、本人の判断能力が低下した後に、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで効力を発揮し、後見人が日常生活に必要な契約や財産管理を代行できるようになります。
死後事務委任契約が「死後の手続き」を対象とするのに対し、任意後見契約は「生前の判断能力が不十分になった時の支援」を対象とする点で大きく異なります。この二つを組み合わせることで、生前のサポートから死後の手続きまでを包括的に任せることができ、本人の意思をより確実に尊重する体制が整います。
死後事務委任契約に関して知っておくべき知識
死後事務委任契約を検討するにあたっては、単に契約を結ぶだけでなく、その特徴や制約を理解しておくことが重要です。ここでは特に注意しておきたいポイントを整理します。
財産に関する手続きには「遺言書」が必要
死後事務委任契約では、葬儀や遺品整理といった生活関連の事務は依頼できますが、財産の分配や相続手続きは委任の対象外です。例えば、不動産や預貯金を誰に相続させるかといった決定は、遺言書がなければ法定相続割合に従って処理されます。そのため、遺産の一部を死後事務の受任者に謝礼として渡したい場合などは、死後事務委任契約と併せて遺言書を作成しておくことが不可欠です。両者を組み合わせることで、生活事務と財産手続きを網羅的にカバーすることができます。
受任者に手続きの実費や謝礼を支払う方法は?
受任者が死後事務を行う際には、交通費や役所での手数料、専門業者に依頼する場合の料金など、さまざまな実費が発生しますが、これらは本人の財産から支払われるよう契約で定めておくのが一般的です。
支払い方法としては大きく分けて「預託金精算方式」と「遺産精算方式」の2種類があり、それぞれの特徴は以下の通りです。
- 預託金精算方式:生前に一定額を預託しておき、その中から死後事務にかかる費用を支払う方式です。あらかじめ資金が確保されているため、死後の手続きがスムーズに進みやすく、受任者にとっても金銭的な不安なく契約を行いやすい点が特徴です。実費以外に謝礼を受任者に支払いたい場合、預かり金から支払う旨を契約で定めておくことが可能です。
- 遺産精算方式:本人が亡くなった後に遺産から実費や報酬を支払う方式です。預託金を用意する必要がないため負担が軽い一方で、相続人以外が受任者になる場合には、費用負担の正当性について相続人との調整が必要になる場合があります。また、受任者に謝礼を渡したい場合は、法定相続人の遺留分を侵害しない範囲で、遺言書で謝礼を定めておく必要があります。
相続人以外の人に委任する場合の注意点
死後事務委任契約は相続人以外の人にも委任できます。しかし、受任者が遺族や相続人と対立する可能性もあるため、契約内容を明確に記しておくことが大切です。特に遺産の分配に関連する部分は委任できないため、遺言書と併用し、受任者と相続人双方が役割を理解していることが望まれます。親族に頼みにくい場合でも、第三者に任せる際は透明性を確保することがトラブル防止につながります。
死後事務委任契約はいつでも解除できる?
死後事務委任契約は、本人が生存中であれば原則として自由に解除できます。また、新たに受任者を選び直すことも可能です。ただし、公正証書で契約を結んでいる場合は、公証役場での手続きが必要になります。契約内容を変更したいときは、専門家に相談し、正しい手順で行うことが望ましいです。
死後事務委任契約を結んでいないとどうなる?
死後事務委任契約を結んでいない場合、一般的には法定相続人や身近な親族が葬儀や遺品整理、公共料金の解約などの手続きを担います。しかし、近年では法定相続人や身近な親族・知人が存在しないケースも少なくありません。そのような方が死後事務委任契約を結んでいない場合には、次のような対応がなされるのが一般的です。
例えば、遺体を引き取る人がいない場合には、自治体によって最低限の形で火葬のみ執り行われ、遺骨については同様のケースで火葬された方と一緒に埋葬(合祀)されるのが一般的です。
賃貸住宅に住んでいた場合は、大家さんや管理会社であっても勝手に遺品を処分したりすることはできません。そのため、大家さんなどの利害関係者が裁判所に「相続財産管理人」の選任を申し立てて、相続財産管理人の下で遺品整理(売却・処分)を進めることになります。家賃の滞納がある場合には、遺品の中に価値のあるものがあれば売却したり、本人に預金があればそこから補填することが可能です。最終的には、遺品整理が全て終わった段階で、相続財産管理人の関与によって賃貸契約の解除が行われます。
また、亡くなった方に法定相続人がおらず、さらに遺言書も残していない場合、不動産や預金などの財産は最終的には国庫に帰属することとなります。具体的には、不動産や貴金属類などは相続財産管理人によって売却手続きが取られ、負債や管理費用等を清算した後に国庫へ納められるのが一般的な流れです。
死後事務委任契約の締結にかかる費用
死後事務委任契約を結ぶ際には、契約の内容や作成方法に応じてさまざまな費用が発生します。ここでは、公証役場で契約を結ぶ際に必要となる法定手数料と、行政書士に依頼した場合の費用について解説します。
法定手数料など
死後事務委任契約を有効な形で残すためには公正証書で作成するのが一般的ですが、この場合、公証役場に対して手数料を支払う必要があります。公正証書の作成費用は契約書の枚数や受任者に支払う報酬額に応じて変動しますが、目安として数万円程度です。これらは法律に基づいた費用であるため、全国一律の基準で計算されます。
行政書士に依頼する場合の費用
契約書を自分で作成することも可能ですが、法的に有効で分かりやすい契約内容にするためには行政書士など専門家のサポートを受けるのが安心です。行政書士に契約書の作成を依頼する場合の費用は、契約の内容によって幅がありますが、一般的には5~30万円程度が目安とされています。死後事務の範囲が広い場合や、見守り契約や任意後見契約などを同時に組み合わせて依頼する場合には、さらに費用がかかることもあります。また、相談料や打ち合わせにかかる実費、交通費などの実費が別途必要となる場合もあります。
まとめ
死後事務委任契約はまだ広く知られていない制度ですが、将来的な安心につながる「終活」の一環として注目度が高まっています。特に単身世帯や身近に頼れる人がいない方にとっては、本人の意思を実現し、死後の混乱を防ぐための有効な手段となります。
必要に応じて行政書士などの専門家へ相談しながら、早い段階から自分の意思や生活状況に合った形で契約を整えておくことで、安心して生活を送ることができるでしょう。
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特定行政書士として、幅広い業界における法務支援やビジネスサポートに従事するとともに、業務指導者としても精力的に活動。企業法務や許認可手続きに関する専門知識を有し、ビジネスの実務面での支援を中心に展開しています。(登録番号:03312913)