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退職代行とは
退職代行とは、退職を希望する労働者に代わって、退職の意思を勤務先に伝えるサービスのことを指します。近年、このサービスの利用者は急増しており、特に20代から30代の若年層を中心に広がりを見せています。
2023年の民間調査では、退職代行の認知率は約70%に達しています。また、直近1年間で退職した20代の約20%が退職代行を利用していたとの結果も報告されています。
退職代行が注目される背景には、働き方や職場環境に対する価値観の変化があると考えられます。様々な事情から、「自分では会社に退職を伝えられない」という声が増加しており、こうした状況下で第三者が介在する退職代行サービスが重要な役割を果たしているのです。
特に、次のようなケースで退職代行サービスが利用されることが多いようです。
- 上司に強く引き留められることが予想される場合
- いわゆる「ブラック企業」で、退職の申し入れに取り合ってもらえないことが予想される場合
- 精神的に消耗しており、対話が困難な状況にある場合
- 即日退職を希望している場合
- 労働契約や就業規則に詳しくないため、自力での手続きが不安な場合
「退職」に関して知っておきたい基礎知識
退職には、大きく分けて「自己都合退職」と「会社都合退職」の2種類があります。自己都合退職は、労働者自身の意思で退職するものであり、退職代行サービスが関係するのもこのケースです。一方、会社都合退職は、倒産や解雇といった企業側の理由によって退職する場合を指します。
ここでは、退職代行サービスを検討する前にまず知っておきたい「自己都合退職」に関する基本的な法律知識について解説します。
「退職の権利」とは
日本の民法では、期間の定めのない労働契約については、労働者はいつでも退職の意思を示すことができるとされています。民法第627条により、2週間前に退職の意思を伝えれば、法律上は契約を解除できるとされているのです。
なお、就業規則に「退職は1ヶ月前までに申し出ること」などと書かれていても、民法などの法律が優先となるため、このような規則は無効となります。
ただし、これはあくまでも正社員などの「期間の定めのない労働契約」に関するルールですので、注意が必要です。契約社員や嘱託社員などの「期間の定めのある労働契約」の退職については後述します。
退職する際の給料と有給休暇の取り扱い
退職日までに勤務した分の給与や残業代は、当然ながら全額請求する権利があります。なお、給与から「損害賠償金」や「違約金」などの名目で債務を差し引くことは違法とされています。
また、残っている年次有給休暇についても、退職前に取得することが可能です。会社によっては「退職時に有給を使わせない」などの慣習がある場合もありますが、これは法的には認められません。
雇用期間の定めのある場合の退職
契約社員や派遣社員などのように雇用期間の定めのある契約では、法律上は原則として契約満了まで働く義務があるので、注意が必要です。
ただし、これには例外もあります。雇用期間が1年を超える有期契約で、なおかつ契約期間の始めから1年が経過している場合には、「雇用期間の定めのない場合」と同様にいつでも退職を申し出ることができます。
その他にも、病気やけがで働けなくなったり家族の介護をすることになった場合、職場でセクハラやパワハラなどを受けている場合など、やむを得ない事情がある場合は退職が認められることがあります。
また、契約満了を迎えていなくても会社側に事前に相談をして了承を得られれば「合意退職」という形で円満に退職できる場合もあります。
公務員・自衛官の退職
公務員や自衛官の退職については、民間企業の労働者とは異なるルールが定められています。たとえば国家公務員法および地方公務員法では、退職には原則として「任命権者の承認」が必要とされており、形式上は「辞職願」を提出して承認を得る形になります。
自衛官も同様に、防衛省設置法や自衛隊法に基づいて退職手続きが運用されています。具体的には、退職を希望する自衛官は「退職申出書」を提出し、所属部隊の上官や人事部門を通じて防衛大臣(またはその委任を受けた上級部隊長)による承認を得る必要があります。また、自衛官の場合は、退職理由や申し出のタイミングによっては退職がすぐに認められないケースもあり、特に人手不足の部隊などでは代替要員の確保を待たなければならないこともあります。
上記のように、公務員や自衛官の退職は、職務の公共性や組織の運営体制を考慮して、民間よりも厳格な手続きが求められると考えておくと良いでしょう。
このような事情から、公務員や自衛官の退職については多くの退職代行会社で対応が難しいのが現状のようです。そのため、どうしても退職代行を利用しなければならない事情がある場合には、この分野に詳しい弁護士への相談が最適な選択肢となるでしょう。
退職代行を依頼する際の相談先
退職代行を利用しようと考えたとき、誰に依頼すればいいのか悩む方も多いと思います。実際に退職代行を行っている主体には、主に「退職代行会社」「行政書士」「弁護士」などがあり、それぞれに特徴と得意分野があります。
退職代行会社
退職代行会社は、ここ数年で急速に増加している民間の事業者です。LINEや電話一本で申し込みができる手軽さが魅力で、費用も比較的安価なケースが多く、2〜3万円程度でサービスを提供しているところもあります。
代行会社の多くは、会社に退職の意思を伝える「連絡代行」までを行うことが可能ですが、未払い賃金の支払い交渉などの法的交渉が必要な場合には対応できません。あくまでも「ご本人が〇〇と言っています。」というように、伝言を伝える「使者」としての役割のみを担います。
また、資格を持たない事業者が退職に関する書類を作成したり、会社と交渉を行ったりすることは、後述する弁護士法違反(非弁行為)に該当する可能性があるため注意が必要です。利用の際には、対応範囲をよく確認することが大切です。
行政書士
行政書士は、国家資格を持つ専門家であり、退職代行は行政書士の主たる業務の一つである「権利義務に関する書類の作成」にあたります。
行政書士は、主に退職に関する通知書や内容証明郵便などの文書作成を法的に適切な形で行うことが可能です。たとえば、「退職届を受理してもらえない」という相談を受けた場合、行政書士はその退職の意思を記載した内容証明郵便を作成し、会社宛に正式に送付します。これにより、証拠としての効力がある形で退職の意思を明確に伝えることができ、後日トラブルになった際にも強力な証拠資料となります。
行政書士は本人に代わって会社と直接交渉することはできませんが、文書による通知やアドバイスを行います。特に「会社とはもう連絡を取りたくないが、法的な形をきちんと整えたい」という方に向いています。
行政書士に依頼する際の費用は、事務所によって異なりますが、おおむね2万円〜5万円程度が相場です。法的に整った文書を作成してもらえる安心感があり、退職代行会社よりも一歩踏み込んだサポートが受けられるのが特徴です。
弁護士
弁護士は、唯一、退職に関する交渉や訴訟を含む法的対応が可能な専門家です。たとえば、退職に伴う未払い賃金の請求や、パワハラ・セクハラなどの損害賠償請求といった複雑な問題に対応する必要がある場合は、弁護士に相談することが適切です。
その分、費用は高めになる傾向があり、着手金や成功報酬といった料金体系が設けられているケースも多いため、依頼前に詳細を確認しておきましょう。
退職代行サービスに関する法的議論
退職代行サービスを巡っては、近年、法的な観点からの議論が活発になっています。特に問題とされるのが、弁護士資格のない者が法律行為に該当する業務を行っている可能性、いわゆる「非弁行為(弁護士法違反)」の懸念です。
弁護士法違反(非弁行為)
弁護士法第72条では、報酬を得る目的で、弁護士以外の者が他人の法律事件に関して訴訟その他の法律事務を取り扱うことを禁じています。これに違反した場合、刑事罰が科される可能性もあるため、退職代行サービス提供者には高い法的リスクが伴います。
具体的には、「未払い給与の支払いを求めて会社と交渉する」「退職条件について交渉する」「解雇の無効を主張する」などの法律交渉を含む行為は、弁護士にしか認められていません。これらを行政書士や退職代行会社などが行った場合、非弁行為とみなされる可能性があります。
特に、退職代行会社の中には「弁護士監修」をうたってサービスを提供している業者もありますが、弁護士が監修しているからといって、その代行会社が実際に会社との交渉や法律事務を行ってよいということにはなりません。監修とはあくまで内容の確認やアドバイスにとどまるものであり、代行業者が実際に弁護士業務に該当するようなことを行うと違法となります。
実際に、過去には弁護士資格を持たない業者が退職代行業務を行う中で、交渉や調停に類する行為を行い、非弁行為として問題視された事例も報告されています。そのため、退職代行を提供する立場にある者は、自らが行う業務の範囲を明確に理解し、法令を遵守したサービス提供が求められます。
一方で、退職の意思を本人に代わって会社に伝えるだけの「連絡代行」や、通知書の作成などの書面業務については、必ずしも弁護士資格を要するものではありません。そのため、行政書士や一部の退職代行会社は、業務範囲を限定しながら法的リスクを回避するかたちでサービスを展開しています。
利用者側も、どの業者がどこまで対応できるのかをきちんと理解したうえで依頼することが重要です。たとえば、「残業代を請求したい」といったケースであれば、弁護士に相談すべきですし、「ただ円満に辞めたい」というケースであれば、行政書士や代行会社への相談も選択肢となり得ます。
まとめ
退職代行サービスは、精神的・肉体的に追い詰められた環境から脱するための有効な手段として、ここ数年で広く利用されるようになりました。特に、自分から退職を切り出せない、会社と連絡を取りたくないといったケースでは、第三者を通じた退職の意思表示が、大きな助けになります。
正しい知識と専門家の力を借りて、新しい一歩を踏み出していきましょう。

特定行政書士として、幅広い業界における法務支援やビジネスサポートに従事するとともに、業務指導者としても精力的に活動。企業法務や許認可手続きに関する専門知識を有し、ビジネスの実務面での支援を中心に展開しています。(登録番号:03312913)