「農業で生計を立てたい」「田舎で暮らしながら働きたい」そんな想いを持つあなたへ。この記事では、就農に必要な準備や費用、手続きまで、わかりやすく解説します。
農業の現状
現在、日本の農業は大きな転換期を迎えています。少子高齢化の進行や人口減少により、農業従事者の数は年々減少傾向にあり、特に後継者不足は深刻な問題です。農林水産省のデータによると、基幹的農業従事者の平均年齢は60代後半と高齢化が進み、若い世代の就農者をいかに確保するかが、農業政策の大きな柱となっています。
一方で、環境負荷の低い農業、地域資源を活用した循環型農業、地産地消の推進など、持続可能な社会に向けた農業の重要性も再評価されています。近年では、ITやスマート農業技術の導入により、これまでの体力頼みの農作業から省力化・効率化が進み、新しい農業のかたちが広がりつつあります。
さらに、コロナ禍をきっかけに都市部から地方への移住ニーズが高まり、「地方で暮らしながら働く」選択肢として農業が注目されています。このように、農業は単なる一次産業ではなく、ライフスタイルの一部としても捉えられるようになってきているのが現状です。
新たに農業を始めて生計を立てることは可能?
そのような社会的背景の中、「農業で生計を立てることは本当に可能なのか?」という疑問を持つ方も多いでしょう。結論から言えば、可能ではあるが、安定した収益化までには時間と戦略が必要です。
農業を始めてすぐに生活費を賄えるほどの収入を得るのは、現実的には難しいケースがほとんどです。天候リスク、収穫量の変動、市場価格の上下動など、自然と密接に関わる産業ゆえの不確定要素が多いためです。特に就農初期は、農地の確保、設備投資、販路開拓などの初期費用がかさむことから、副業や貯蓄の活用によって乗り越える必要がある場合もあります。
しかし、地元の農協や農業法人での研修や雇用、国や自治体による資金支援、地域住民との連携による販路づくりなどを上手に活用すれば、農業で安定した収入を得る道は開かれています。
さらに、直売所やネット通販、観光農園との連携、6次産業化による加工・販売までの一貫経営など、収益性を高める手法は多様化しています。 これらを活かしながら経営感覚を磨いていけば、農業は十分に自立可能なビジネスとなります。
「農業=儲からない」といった古いイメージにとらわれず、現代の農業の多様な可能性を理解し、長期的な視野で取り組む姿勢が大切です。
新たに農業を始める際に準備すべきこと
農業を始めるには、情熱や体力だけでなく、しっかりとした準備と計画が必要です。ここでは、新規就農にあたって押さえておきたい基本的な準備項目をわかりやすく解説します。「何から手を付ければいいか分からない」という方も、ぜひ参考にしてください。
1. 農業の基礎知識・技術の習得
まずは、作物の育て方や土壌の管理方法、農薬の使い方など、農業の基本的な知識や技術を学びましょう。各地の農業大学校や、自治体が主催する新規就農研修制度、民間の農業スクールなどを活用することで、体系的かつ実践的な学びが得られます。
2. 農地の確保
就農には農地が不可欠です。農地を取得するには、「農地法」に基づく制限があり、無条件で購入や借用ができるわけではありません。 農地中間管理機構(農地バンク)を通じて探す、地元の農家やJAとつながるなど、地域との関係構築も大切なステップです。
3. 資金計画の立案
農業には初期費用がかかります。ハウスやトラクターなどの設備、肥料や苗の仕入れ、販路構築など、最低でも数百万円単位の初期投資を見込んでおく必要があります。
このような初期投資の負担を軽減するために、国や自治体では多様な補助金・助成金制度を設けています。代表的なものとしては、「農業次世代人材投資資金(経営開始型)」があり、就農後最長5年間にわたって年間最大150万円の支援を受けることができます。これは、一定の研修を受けたうえで、地域が策定する就農計画に沿って営農することなどが条件になります。
また、施設や機械の導入に対する補助として「強い農業・担い手づくり総合支援交付金」や、都道府県ごとに独自に設けられている助成制度なども存在します。自治体によっては移住者向けの住宅補助や生活支援金なども併用できるケースがあり、活用次第で大きな経済的支えとなります。
補助金の申請には事前の計画書提出や面談、定期的な報告義務などが求められるため、計画段階からの準備が必要です。自己資金のほか、国や自治体の補助金・助成金制度、農業制度融資などを組み合わせて計画的に準備しましょう。
4. 作目(作る作物)の選定
地域の気候や土壌条件、市場ニーズ、自分の体力やライフスタイルなどを踏まえて、何を栽培するかを決めることが重要です。売れ筋の商品に安易に飛びつくのではなく、自分に合った作目を見極める目が求められます。
5. 販路の確保
収穫した作物を販売するルートをあらかじめ確保しておくことも重要です。JAへの出荷、直売所、マルシェ、ネット通販、飲食店との契約など、複数の販路を持つことでリスク分散につながります。
6. 地域との関係づくり
農業は地域社会と密接に関わる仕事です。農地の紹介や作業の協力、機材の貸し借りなど、地域の人々との信頼関係がスムーズな農業経営のカギを握ります。移住者向けの地域おこし協力隊制度なども有効な手段です。
農業を始める際に必要な許認可とは?
農業を始めるにあたっては、「農地を使う」ことに関わる許認可が避けて通れません。中でも中心となるのが「農地法第3条許可」です。これは、農地を売買・賃貸などで取得する際に必要となる許可で、農業を営むための第一関門ともいえる重要な手続きです。
農地は一般の宅地などと異なり、自由に売買や貸借ができるわけではなく、農地の適正な利用を確保するため、法律で厳しく規制されています。許可を受けずに農地の権利を取得した場合、その契約は無効とされる可能性があるため、必ず事前に手続きを行う必要があります。
農地法第3条許可
農地法第3条は、農地の「耕作目的での権利移転または設定」を行う場合に適用される条文で、農地を借りる・買うといった際にはこの許可が必要になります。 許可の申請先は農地の所在する市町村の農業委員会です。
農地を「借りる」場合の要件
農地を借りる際には、次のような要件を満たす必要があります。
- 借りる人が農業を主な職業とする意思と能力を有していること
- 借受後も継続して農業に従事する見込みがあること
- 地域の農地利用の効率化や適正な土地利用の方針に反しないこと
農地を「買う」場合の要件
農地の売買においても、基本的には借りる場合と同様の要件が求められますが、所有となるためより継続的かつ安定的な農業経営が見込まれることが重視されます。
また、次のような要件も追加で確認されます。
- 経営する農地の合計面積が一定以上であること(例:原則50アール以上)
- 地元での農業協力体制が整っていること
農地の取得に関する許可は、地域の農業委員会によって審査基準が若干異なる場合もあるため、事前に相談しておくことがおすすめです。
必要に応じて取得する許認可
農業を始める際、基本となる「農地法第3条許可」以外にも、営農の内容や運営形態によっては追加で取得すべき許認可がいくつかあります。ここでは、新規就農者が状況に応じて検討すべき主な許認可とその概要をご紹介します。
農業生産法人の設立・届出
家族経営ではなく、法人として農業を行いたい場合は「農業生産法人」の設立が必要です。株式会社や合同会社などの法人格を持ちつつ、農地の取得・貸借が可能となる制度で、一定の出資者制限や農業従事割合の要件があります。この法人設立は法務局を通じて行いますが、農業委員会への届出・相談も必要となります。法人化することで補助金や税制面でも有利になる場合があります。
農業経営基盤強化促進法に基づく認定農業者
「認定農業者」は、農業経営改善計画を作成し、市町村の認定を受けることで取得できます。認定を受けることで、農業次世代人材投資資金や、農業制度資金(融資)の優遇など、複数の支援策が利用可能になる大きなメリットがあります。
農業用施設の設置許可
農振地域内でハウスや堆肥舎などの農業用施設を設置する場合、「農業振興地域の整備に関する法律(農振法)」に基づく手続きが必要になります。申請は農地の所在する市町村が窓口となり、用途変更や除外申請といったプロセスがあるため、早めに市町村へ相談しておくことがポイントです。
鳥獣被害防止に関する届出
シカやイノシシなどの被害が見込まれる地域で防除を行う際は、「鳥獣被害防止特措法」に基づき、市町村や都道府県への届出が必要となるケースがあります。特にわなを設置する場合などは、都道府県知事が所管する狩猟免許や講習の受講が求められることもあります。
有機農産物の認証
有機JASマークを付けて農産物を販売したい場合は、「有機JAS認証」の取得が必要です。この認証は農林水産省が所管し、登録認証機関に対して申請を行います。第三者機関による認証を受け、農薬・化学肥料の使用制限や記録義務など厳格な基準を守る必要があります。
農業用水利施設の利用届出
水路やため池などの水利施設を利用する場合、地元の水利組合や土地改良区への届出や加入が必要です。これらの組合は地域ごとに運営されており、農地のある地区の担当組合が窓口となります。地域のルールを理解し、スムーズに水資源を利用できるよう準備を整えておきましょう。
新たに農業を始めるためにかかる費用
農業を始める際には、事業としての「初期投資」がどうしても必要になります。作物を育てるには農地だけでなく、設備や資材、販路開拓などさまざまなコストがかかります。ここでは新規就農時にかかる主な費用項目と、その目安金額について解説します。
農地取得・整備費用
まず必要になるのが農地の取得費や借地料です。借りる場合は年間数万円〜十数万円、買う場合は地域によりますが数百万円にのぼるケースもあります。さらに、耕作放棄地などを利用する際は、除草・整地・水利整備などの初期整備費が別途必要になります。
農機具・設備費
農業に不可欠なトラクター、管理機、耕運機、動力噴霧器などの農機具は新品だと数十万円〜数百万円規模の投資になりますが、中古品やリースを利用することで費用を抑えることも可能です。また、ビニールハウスや倉庫、選果場などを整備する場合は、さらに大きな費用がかかる可能性があります。
種苗・肥料・資材費
作物を育てるためには、種や苗、肥料、農薬、防除ネット、支柱などの消耗品が必要です。栽培作目や面積によりますが、年単位で数万円〜数十万円は見込んでおくと安心です。
生活費・運転資金
農業収入が安定するまでには時間がかかるため、その間の生活費や農業経営の運転資金も確保しておくことが重要です。収入ゼロを前提に、最低でも1〜2年分の生活費を準備しておくと安心です。
その他の費用
販路開拓のためのパッケージデザインやホームページ制作費、車両費、燃料費、資格取得・研修受講費、地域活動参加費など、見落としがちな費用も多くあります。特に直売やネット販売を考える場合は、ブランディングやマーケティングにも一定の予算を割くべきでしょう。
初期費用の目安
これらを総合すると、新規就農時にかかる初期費用は最低でも200〜500万円程度、条件によっては1,000万円以上かかるケースもあります。
補助金・融資の活用も視野に
ただし、すべてを自己資金でまかなう必要はありません。国や自治体の補助金、農業次世代人材投資資金、農業制度融資、JAの融資制度など、資金支援の制度は充実しています。自分の事業計画に合った支援制度を活用し、無理のないスタートを切ることが大切です。
まとめ
今回は、「農業を始めたい」と考えている方に向けて、就農の現状から準備すべきこと、必要な許認可、そして初期費用に至るまで、幅広く解説してきました。農業は、単に作物を育てるだけではなく、経営・計画・人とのつながりを総合的に考える“事業”です。
就農は決して平坦な道ではありませんが、その分やりがいや達成感のある仕事でもあります。自分の理想とする農業スタイルを明確にし、信頼できる情報や人とのつながりを大切にしながら、一歩一歩着実に進めていきましょう。
不安や疑問がある場合は、行政書士などの専門家に相談することで、手続きや制度の壁をスムーズに乗り越えることができます。

特定行政書士として、幅広い業界における法務支援やビジネスサポートに従事するとともに、業務指導者としても精力的に活動。企業法務や許認可手続きに関する専門知識を有し、ビジネスの実務面での支援を中心に展開しています。(登録番号:03312913)