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労働者派遣事業を始めたいけれど、何から手を付ければいいのか分からない…。そんな方のために、許可要件から開業費用、申請手続きまで、行政書士の視点で分かりやすく解説します。
労働者派遣業の現状
労働者派遣業は、日本の人材ビジネスの中でも非常に重要な役割を果たしている分野です。厚生労働省の「労働者派遣事業報告」によると、2023年度の派遣労働者数は約160万人にのぼり、安定した需要が続いています。また、派遣先事業所数は約47,000カ所に達しており、幅広い業界で派遣労働が活用されていることがわかります。
特に近年では、働き方改革や多様な就労ニーズの高まりを背景に、派遣という雇用形態が注目されています。企業側は必要な時期に必要な人材を確保しやすく、労働者側も柔軟な働き方を選べるメリットがあるため、双方にとって利便性の高い仕組みと言えるでしょう。
派遣業の仕組み
派遣業の基本的な仕組みは、派遣会社が自社で雇用した労働者を他の企業(派遣先)に派遣し、指揮命令は派遣先が行うという形です。そのため、派遣業者は「労働者派遣契約」と「雇用契約」の2つの契約を締結します。
派遣会社と派遣先企業の間で結ぶ「労働者派遣契約」により、派遣の期間や業務内容、派遣料金などが定められます。一方、派遣会社と労働者との間では「雇用契約」が結ばれ、労働者は派遣会社の従業員として給与や福利厚生を受けることになります。これらの契約関係が明確であることで、労働者の権利保護と派遣業務の適正な運営が図られています。
労働者派遣事業の具体例
派遣業が活躍する分野は多岐にわたりますが、主な具体例としては以下のような業務が挙げられます。
最近では、特にIT人材や専門技術を持つ派遣労働者へのニーズが高まっており、高度なスキルを持つ人材を企業が柔軟に活用できる仕組みとしても定着しつつあります。特に繁忙期や新規プロジェクトの立ち上げ時には、即戦力となる人材を迅速に確保できる点が大きな強みです。
- 一般事務や経理、受付などのオフィスワーク
書類作成やデータ入力、電話対応など、企業の日常業務をサポートする人材が派遣されます。 - 製造業や物流関連の作業
組立作業や検品、梱包、ピッキングなどの現場作業員として活躍しています。 - 介護や福祉関連のサポート業務
介護施設での利用者支援や、デイサービスでの補助業務などで派遣労働者が多く活躍しています。 - ITエンジニアやシステム開発のサポート
プログラミング、システム運用保守、ネットワーク構築など、高度な技術を持つ人材が派遣されます。 - 販売スタッフやイベント運営スタッフ
店舗での商品販売やイベント会場での案内・受付など、接客や販売の現場でも派遣人材が必要とされています。
派遣会社に対する規制
労働者派遣業は、労働者・派遣会社・派遣先企業という三者が関わる特有の構造を持っています。この構造の複雑さから、労働者の権利保護と労働市場の健全性を維持するために、さまざまな規制が設けられています。ここでは、代表的な規制をご紹介します。
- 派遣が禁止されている業務がある
高度な専門性や安全配慮が必要とされる業種では、万が一のことがあった際の責任の所在を明確にするために労働者派遣が禁止されています、代表的なものとして「港湾運送業務」「建設業務」「警備業務」「医療関連業務の一部」などが挙げられます。 - 日雇い派遣の原則禁止
30日以内の短期派遣契約は原則として禁止されており、安定した雇用関係の構築が求められています。ただし、システム開発や機械設計などの専門性の高い業務、副業希望者や学生など、一部例外的に認められているケースもあります。 - 均等待遇の確保
派遣先で働く労働者が、直接雇用の従業員と比べて不利益な扱いを受けないよう、賃金や福利厚生、教育訓練の機会において公平性が求められています。
許認可を取得するための要件
労働者派遣事業を始めるためには、複数の許認可要件をクリアしなければなりません。これは派遣労働者の適正な労働環境を守り、派遣先企業とのトラブルを未然に防ぐために必要なルールです。ここでは、その具体的な要件について解説します。
一定の資産があること
まず押さえておきたいのが、資産に関する要件です。派遣事業の許可を取得するためには、「自己資本2,000万円以上」かつ「現金及び預金1,500万円以上」が必要とされています。これは、事業運営の安定性を図るためであり、派遣労働者の給与支払いなどを滞りなく行える体力が求められているからです。
適切な事務所があること
次に事業所に関する要件です。労働者派遣事業を営むためには、専用の事務所を確保しなければなりません。事務所には「専用スペースであること」「個人情報保護の観点から適切な管理体制があること」「派遣管理台帳など必要書類を保管できる環境が整っていること」などが求められます。バーチャルオフィスや共有スペースは原則として認められないため、物件選びも重要なポイントです。
法人格を持つこと
労働者派遣事業は、基本的に法人格を持つことが必要です。つまり、個人事業主では許可を取得できない仕組みになっています。法人化することで、責任の所在を明確にし、適切な経営管理体制を整えることが求められています。これから開業を検討している方は、まず会社設立の手続きを進める必要があります。
管理者の配置
労働者派遣事業を適切に運営するためには、法律に精通した管理者を配置することが求められます。具体的には「派遣元責任者講習」を修了した者を選任する必要があり、労働基準法や労働者派遣法を理解したうえで事業運営を行える体制を整えます。管理者は派遣労働者の就業状況やトラブルの対応、適切な書類管理など、幅広い業務を担当するため、非常に重要なポジションです。
欠格事由に該当しないこと
派遣事業の運営に関与する役員や主要な従業員は、一定の欠格事由に該当しないことが求められます。具体的な欠格事由は以下のとおりです。
- 禁錮以上の刑に処せられ、その執行が終わるまでまたは執行を受けなくなるまでの者
- 労働者派遣法違反などで処罰され、一定期間を経過していない者
- 破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者
- 許可の取消しを受けてから5年を経過していない者
- 暴力団員または暴力団関係者
一般労働者派遣事業の許可申請手続き
労働者派遣事業を始めるためには、必ず「一般労働者派遣事業」の許可を取得する必要があります。ここでは、必要な書類や手続きの流れについて詳しく解説します。
必要書類の例
まずは申請時に必要となる代表的な書類をご紹介します。これらは一例ですが、地域やケースによって追加で求められる書類もあります。最新の申請要領を必ず確認しましょう。
- 許可申請書:基本的な情報を記載する書類です。法人名や所在地、代表者氏名などを記載します。
- 定款・登記事項証明書:法人の設立が確認できる書類です。最新のものを用意しましょう。
- 財務諸表:直近の決算書や貸借対照表など、資産要件を満たしていることを証明するために必要です。
- 事業所の図面と写真:専用事務所が適切に用意されているか確認するための資料です。
- 役員の履歴書・誓約書:欠格事由に該当しないことを証明するために必要です。
- 派遣元責任者講習の修了証明書:法律で求められている管理者配置の証明として提出します。
手続きの流れ
実際の手続きは、以下の流れで進めます。なお、許可が下りた後も、定期的な報告や更新手続きが必要になります。
- 必要書類の準備
- 管轄の労働局へ事前相談
書類がそろったら、まずは管轄の労働局に事前相談を行います。ここで不備や疑問点を解消しておくと、後の手続きがスムーズです。 - 申請書類の提出
管轄の労働局を通じて厚生労働大臣宛てに申請書を提出します。申請時には、提出した書類の確認が行われるほか、手数料の納付も必要です。 - 審査・現地調査
必要に応じて労働局の担当者が事務所を訪問し、事務所の状況や管理体制をチェックします。 - 許可証の交付
審査に問題がなければ、許可証が交付されます。ここまでの期間は概ね2〜3か月程度が目安です。
派遣業を開業するためにかかる費用
労働者派遣業を開業する際には、許認可取得に伴う費用や事業運営に必要な初期投資が発生します。トータルで見ると、派遣業の開業資金は最低でも2,500万円〜3,000万円程度が目安となります。ここでは、初期費用の主な項目についてご紹介します。
許可申請にかかる費用
労働者派遣事業の許可申請の手数料として12万円がかかります。この手数料は申請時に納付する必要があり、万が一不許可となっても返金はされないため注意が必要です。また、許可は有効期間が3年となっており、更新時にも手数料がかかりますので、長期的な資金計画を立てておくことが重要です。
資産要件を満たすための資金
次に押さえておきたいのが、法律で定められている資産要件です。労働者派遣業の許可取得には「自己資本2,000万円以上」「現金及び預金1,500万円以上」が必要とされます。この資産要件を満たすことができなければ、どれだけ準備を整えていても許可を得ることができません。したがって、開業に向けては十分な資金を確保しておくことが不可欠です。
事務所開設費用
派遣事業を行うためには、専用の事務所が必要です。事務所賃料は立地や広さによって異なりますが、都市部であれば月額10万円〜30万円程度が相場となります。これに加えて、オフィス設備や通信環境の整備、什器備品の購入費用として50万円〜100万円程度を見込んでおくと安心です。
その他の関連費用
そのほかにも、「派遣元責任者講習」の受講費用(約1万円〜2万円)や、登記費用、印紙代などの諸経費が発生します。さらに、ホームページ制作や名刺作成といった営業ツールの準備にも費用がかかります。事業開始後も、求人広告費や労働保険料などのランニングコストが継続的に発生する点を忘れずに計画しておきましょう。
まとめ
今回は、労働者派遣事業を開業する際に必要な許認可要件や申請手続き、さらには初期費用の目安までを詳しく解説しました。労働者派遣業は、法的なルールや手続きが多く、準備不足のままではスムーズにスタートを切るのが難しい事業です。許認可や会社設立の手続きに躓いたら、行政書士や司法書士などの専門家へ依頼するのも良いでしょう。

特定行政書士として、幅広い業界における法務支援やビジネスサポートに従事するとともに、業務指導者としても精力的に活動。企業法務や許認可手続きに関する専門知識を有し、ビジネスの実務面での支援を中心に展開しています。(登録番号:03312913)